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東京地方裁判所 昭和48年(特わ)100号 判決

主文

被告人を罰金五〇、〇〇〇円に処する。

被告人において右金額を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四七年三月二〇日午後一〇時〇分ころ、東京都練馬区豊玉北六丁目三番地付近道路において、普通乗用自動車を運転したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(確定裁判)

被告人は、昭和四七年七月一一日東京地方裁判所で道路交通法違反罪により懲役三月(未決勾留日数五〇日算入)に処せられ、右裁判は同月二六日確定し、同年八月二六日右刑の執行を受け終つたものである。

(法令の適用)〈略〉

(量刑の事情)

本件は、無免許運転および業務上過失傷害の多数の罰金前科を有する被告人が、またもや無免許で、飲酒のうえ自動車を運転したという事案であり、その結果、左右の見通しのきかない交差点における徐行義務違反により、出合頭の衝突事故(人身事故)を惹起したうえ、そのまま現場から逃走した等の悪質な犯情を伴うことをも考えると、被告人の刑責には、まことに軽からざるものというほかない。ところで、被告人は、本件犯行後の昭和四七年五月一〇日、ふたたび無免許運転の罪を犯し、右罪につき公訴を提起された結果、当裁判所において、前記確定裁判の項記載の懲役刑(実刑)を受け、すでに、その刑の執行を受け終つたものであつて、本件につき懲役刑を選択すれば、法律上これに執行猶予を付する余地はない。そして、本件犯行にまつわる前記のような犯情に懲すれば、本件につき懲役刑を選択することは、まことにやむをえない措置であるかに見える。しかしながら、本件の量刑を考えるにあたつては、つぎのような特殊な要因を無視するわけにはいかない。すなわち

一、前記のとおり、本件は、前記確定裁判のあつた罪(以下、別件という。)と刑法四五条後段の併合罪(いわゆる余罪)の関係にあり、本来であれば、右罪と同時審判されるべきものであつた。本件が右別件の判決確定後、しかも刑の執行終了後において、右別件とは別個に処理されるに至つた経緯は、必ずしも明らかではないが、関係証拠を総合すると、本件の捜査にあたつた練馬警察署においては、事故後、目撃者の供述および被告人の雇主中川寛の供述等から、本件が被告人の犯行である事実を突きとめ、右中川および被告人ら事件関係者の出頭を求めて、いちおうの捜査を遂げたけれども、当時、事故車両の所在が明確でなかつた等の理由で、捜査を遷延するうち、被告人が別件犯行を犯して、杉並警察署から身柄付きで送致され、本件とは別個に処理されてしまい、右別件の判決確定後において本件の送致を受けた検察官が、本件犯行の重大性にかんがみ、改めて本件につき公訴を提起するに至つたものであると推認される。右の経緯に照らして考察すると、検察官が指摘しているとおり、本件の捜査にあたり、被告人およびその雇主が、捜査機関に対し必ずしも十分に協力しなかつたのではないかとの疑いはあるけれども、被告人自身は、とにもかくにも、右犯行後所轄の警察署に出頭して自己の犯行を全面的に自供しており、しかも、前記別件の処理の際にも、自己が右別件を惹起して未だ処分決定前である旨、警察官および検察官の取調べに際して供述しているのであつて、右別件の取調べにあたり、本件を格別秘匿していた形跡はうかがわれず、被告人において、いわゆる同時審判の利益を放棄したとまでは認められない。右別件の捜査にあたつた捜査当局においては、被告人の右供述を手がかりに、関係機関に照会すれば、被告人が本件につき未だ捜査中である事実を容易に覚知することができたと思われるのであつて(検察官において右事実を覚知した場合には、本件の捜査を督促し、その処理をまつて別件の公判審理がなされるよう配慮する等の措置をとり得たはずである。)、特段の事情もないのに関係機関への照会という一挙手一投足の労すらとらずに別件の処理を終つた検察官の側においても、若干の不手際のあつたことを否定できない。これらの事情に照らして考察すると、本件の量刑にあたつては、被告人が右二個の犯罪事実を同時にに審判された場合に比し、著しく不利益な結果となることのないよう、慎重な配慮が必要であると思われる。

二被告人は、右別件の実刑判決に対し、いさぎよく刑に服し、すでにその刑の執行を受け終つていること、前述のとおりであり、証人中川寛および被告人の当公判廷における各供述によれば、被告人は、出所後、従前の生活態度を改め、すでに更生の第一歩を踏み出していると認められるものであつて、右のような被告人に対し、改めて前記確定判決前の余罪につき懲役刑の実刑を言い渡し、これを刑事施設に収容することは、たとえ、その身柄拘束の期間の合計が、右二個の事実を同時審判された場合の予想される刑期よりも長くならないように配慮された場合であつても、右二個の事実につき同時審判を受け一個の判決により服役した場合に比べ、精神的・肉体的に著しい苦痛を伴うことが予想される。

三本件無免許運転の犯行には、前記のとおり、はなはだ芳しからざる犯情が認められるけれども、当公判廷において審判の対象とされているのは、あくまでも、無免許運転の事実であり、本件の量刑にあたり、それ以外の業務上過失傷害あるいは事故不申告等の事実を、過当に重視するのは相当でない。しかして、本件無免許運転の罪が前記別件と併合審判された場合に予想される刑は、懲役五月前後ではないかと推察されるが、被告人は、すでに別件につき懲役三月の刑を受け終つているから、本件については、懲役二月を超える刑期は、前記一において述べたところから許されず、右二において述べたところも参酌して考察すれば、その刑期は、懲役二月をかなり下回るのでなければ、バランスを失することになる。しかし、前記のとおりすでに更生の一歩を歩みはじめた被告人を、右のような短期間刑事施設に収容することに、どれほどの意味があるのであろうか、はなはだ疑問であるといわざるをえない。

以上の諸点をも併せ、関係証拠上明らかな本件犯行にまつわる諸般の事情を総合して考察するに、本件について、懲役刑を選択するのは被告人に、必要以上の苦痛を与えるもので相当でなく、むしろ、この際罰金刑を選択するのが、刑政の本義にかなつた適切な措置ではないかと考えられるので、主文の刑を量定した次第である。 (木谷明)

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